ストレス。
「ストレス社会。」いつから言われるように なったんだろう。より便利で 快適な 社会を 目指してきた ホモ・サピエンス。総体的に見れば 確実に そうなって来ている。なのに 我々が生きる 現代「社会」を 言い表す際、このカナ四文字を アタマに付ける方が シックリくるように なってしまったのは皮肉だ …けど、このパラドックスは 作用があれば 必ず反作用があるというセオリーを 物語っている、とも言える。
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「ストレス解消。」メディアでは ゲップが こみ上げるほど この手の情報が 繁殖している。それらは 何かしらヒントに なるかもしれないし、場合によっては ドンピシャな効果を 発揮することもあるんだろう。しかしながら、それらは 極めて 抽象的なものか、対症療法、あるいは「ある状況における ある人の話」などであって、当然ながら「こうすれば 必ず 解消する」代物ではない。
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「自分の思うように 事が進まない状態。」簡単に言えば、ストレスを感じるのは こういうときだ。仕事 or プライペート といったステージや、その対象、要因は 別として。だから、ストレスを解消するには その問題と対峙して 現実的な対策を練る以外に ないんだと思う。ただ、厄介なのは 人は感情の動物であること。「なんで いつも こうなわけ?」「アイツは なんなんだ?」障害が起きると 最善策を考える前に イラついたり、ウンザリしたり。そして、それが 積み重なっていくと とんでもないモンスターに化けて、主従が逆転する。
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「この障害は 俺に 何を示唆してるんだろう?」ストレスを 感じたとき、最近は こう思うようにしている。クソヤロぅ… と 舌打ちする前(した後)に「…って、言っちゃ ダメなんだよね〜」と 慌ててフォローして「これは お前が 人としての幅を 広げるチャンスじゃよ…フォッ フォッ フォッ」と、白毛のロン毛・髭モジャ 爺さん?に 頭の中で ご登場 ねがうと、フッと 視界が 晴れて 前向きになれることがある。
… と言いつつも、にっちもさっちも いかないときは、知らず知らずのうちに 深酒して(「連れ:最近 ストレス溜まってんじゃない?」「私:ンなこと ねーよ」なんてやりとりが だいたい あって)気がついたら 自宅の床に Gパンのまま 転がっていたりする。なかなか 自分の成長スピードが上がらないことに 最近は もっとも ストレスを感じている。